祖母の姉のEおばちゃんが、今京大病院に入院している。
先日、お墓参りに行った帰りに、お見舞いに寄った。
Eおばちゃんは、マヒしてほとんど動かない顔で、
私を凝視して、目から涙を落した。
声がほとんど出ないのに、
「あっ・・・あっ・・・」と私に必死に話しかける。
眉と眉の間に、しわが寄る。
私は、Eおばちゃんがこんなに、
私の登場ごときで変化するとは想像だにしていなかったので、
本当に驚いてしまった。私とEおばちゃんは、
数年に一度会うか会わないかの関係だったからだ。
でも、おばちゃんは、私が生まれたころから、
私の人生のほとんどを、私の祖母から聞いて、知っている。
だから私がEおばちゃんのことをほとんど知らないのとは対照的に、
Eおばちゃんは私の知らない私のことまで、知っているかもしれないのだ。
それが、おばちゃんの、目から流れた涙と、
眉の間によったしわを見た時に、
分かった。この人は、私のことを、知っていると思った。
毎日毎日、ほとんど動かない、管をたくさん通されている体で、
壁に向かって座っているだけの毎日で、
元気だったころの面影はほとんど失われていて、
それでも、生きる、おばちゃんは、
私の作る芝居よりも生きていて、
劇的だった。
ほとんど世話もしない、
看病もしない、外野的存在の私が、
こんな風に勝手に感動して、勝手に涙を流すのは、
申し訳なくて仕方がない。実際周りで世話をし始めたら、
こんな風にきれいな記憶で残るはずがない。
分かっていながら、
それでも、どうしても心が動いてしまって、
泣いてしまった。親戚なのに観客気分の自分が恥ずかしい。
もう一度おばちゃんに、会いに行きたい。
それしかできないので、それだけ実行しようと思っている。
次は泣かないようにして、花を持っていこうと思う。